長崎街道と砂糖文化

深く結びついた長崎と砂糖

『長崎港之図』長崎歴史文化博物館収蔵

『長崎港之図』長崎歴史文化博物館収蔵

「長崎の遠か」――かつて、この言葉が使われ、さかんに使われた時代がありました。砂糖を節約しすぎた料理を揶揄したこの言葉は、「砂糖=長崎」、「長崎=砂糖」という両者の深い結びつきがあったことをいまに伝えています。

この砂糖は、当時九州随一の脇街道だった長崎街道を通って「始発・長崎」から「終点・小倉」までの228kmを運ばれます。長崎街道、すなわちシュガーロードは、砂糖を日本全国に流通させるだけでなく、各地の文化に大きな影響をあたえました。

長崎街道とは

砂糖を運んだシュガーロード

長崎街道地図

長崎街道は、江戸時代に整備された脇街道のひとつで、豊前国小倉(福岡県北九州市小倉北区)の常盤橋を始点として、肥前国長崎(長崎県長崎市)に至る路線で当時九州随一の脇往還でした。

57里(約228km)の道程で、途中に25の宿場が置かれました。幕府直轄地(天領)・長崎の他に、佐賀・大村・対馬・福岡・小倉と、5つの藩の領地を通るルートです。