取引量、1年で24億円

砂糖、大量輸入の時代へ

『唐館蘭館図絵巻』長崎歴史文化博物館収蔵

『唐館蘭館図絵巻』長崎歴史文化博物館収蔵

ポルトガルに代わり、オランダや中国との貿易が盛んになった江戸時代、宝暦9年(1759年)には今の金額で24億円相当の砂糖が輸入され、大量輸入時代を迎えます。

出島や新地などで陸揚げされた砂糖は一旦、砂糖蔵へ貯蔵、国内商人に入札され、長崎から日本全国へ運ばれていくことになります。

遊女へのプレゼントや唐寺への寄進にも

多様化する砂糖の流通形態

『唐館蘭館図絵巻』長崎歴史文化博物館収蔵

『唐館部屋之図』長崎歴史文化博物館収蔵

『唐館蘭館図絵巻』長崎歴史文化博物館収蔵

興福寺

こうして輸入された砂糖は、貿易のおひざ元、長崎の町では食用以外の様々な形で市中に出回ります。

例えば、オランダ商館員や中国人たちが出島唐人屋敷に特別に出入りを許されていた丸山遊女に贈るプレゼント。遊女たちはもらった砂糖を銀にかえました。また、中国人たちは長崎の興福寺や福済寺など、唐寺と呼ばれた寺院に、莫大な量の砂糖を寄進しました。これらの砂糖は長崎街道を通って、京都の本山黄檗山万福寺に運ばれました。