大村寿司 omurazushi [大村市] 元祖大村角ずしやまと 永田喜美男さん

大村には昔から、各家庭の大村寿司があったんです。

そんな中で、何十年も当社のお客様でいてくださる方々がいらっしゃる。非常に有難いことですし、だからこそ、そんなお客様を裏切ることはできません。

時代に合わせた味付け、お客様に合わせた味付けをするのではなく、お客様に選んでいただいている当社の味付け、昔から続いている味を守っていきたいと思っています。

お寿司と砂糖の甘い関係

【戦から生まれたお寿司】

文明六(1474)年、大村領主大村純伊は中岳の戦において、島原の有馬、諌早の西郷等連合軍に敗れ、一時領地を逃れましたが、その後文明十二(1480)年に渋江公勢らの援軍を得て大村領を回復。これを領民たちはとても喜んだといいます。

ただ、急なことで何のおもてなしの用意もしていなかったため、とりあえず、もろぶた(木製の長方形の箱)に炊きたてのご飯をひろげ、その上に魚の切身、野菜のみじん切りなどをひろげ軽く押さえたものを、領主をはじめ兵達に振る舞ったとか。

それを将兵達が脇差しで角切りにし、食したことが「大村寿司」の起こりであると伝えられています。戦を起源としていますが、めでたい食べ物。大村では家庭に祝いごとなどがあるときは、この大村寿司をこしらえることが慣わしとなっています。

【お寿司、なのに砂糖!?】

お寿司なのに砂糖、何とも不思議な組み合わせのような気もしますが、大村寿司を最初に商品化した、元祖大村角ずし「やまと」さんにお話を伺ったところ、「すし飯にしても、具材の下ごしらえにしても、砂糖を多めに使用するのが大村流」なのだとか。

甘めの味付けの、はっきりとした理由はわかっていませんが、「大村寿司が庶民に広まっていったとき、当時の庶民は肉体労働が主流だったでしょうから、疲れた体に甘いものを欲しがったのではないでしょうか」とやまと代表の永田さんは話してくれました。

昔は「殿様寿司」と呼ばれていた「大村寿司」。錦糸卵の鮮やかさ、具材の豊富さ、そして、ほんのり甘くて優しい味わいは、晴れの日にぴったり。一口食べれば殿様気分になれていたのかもしれません。

【自由の中でもぶれない味】

「各家庭ごとの大村寿司があっていいと思いますし、冷蔵庫の中のものを気軽に入れて良いと思いますよ」と永田さんもおっしゃるほど具材等に特別な決まりがないのも大村寿司の特徴です。

ただし、やまとさんの商品としての「大村寿司」に対する想いは別格で、味付けも永田さん以外はできないのだとか。理由は「色々な味がある大村寿司の中で、当社のものを選んで買ってくださるわけですから、味は変えられません」とのこと。自由の中にも、軸がしっかりとした味わいが人気の秘訣なのでしょうね。

大村寿司づくり
大村寿司づくり 

高さを均等にするため、指を入れて測る。

大村寿司づくり

これ一箱で18人前。
10分ほどで完成する手際の良さはさすが!

 

(取材協力/元祖大村角ずし やまと)