小城羊羹 ogiyokan [小城市] 村岡総本舗 永野光教さん

材料と水、そして職人技は、良い羊羹づくりには欠かせません。

当社では、小豆には京都の大納言や岡山の白小豆などを、寒天には糸寒天と角寒天を、そして砂糖には、白双糖や氷砂糖、和三盆糖を羊羹の種類によって使い分けています。

当然、種類によっては分量も違ってきますし、季節によっても煮上げ具合は変わってきますが、そこを調節するのが職人技。いつの時代も最高の商品をご提供できるよう心掛けています。

昔ながらの技と味わいが生きています

【文豪も愛したお菓子】

「あの肌合いが滑らかに、緻密(ちみつ)に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ」。

かの文豪夏目漱石も、その著書「草枕」の一節で、このように評し、愛した羊羹。

煉り羊羹の起源は京都説、長崎説、江戸説とありますが、江戸時代後期に発明されたのではないかということ以外、詳しいことはわかっていません。

ただ、その後、文豪はもとより広く庶民にも愛されるようになった羊羹。その中でも小城羊羹は全国にもその名を轟かせるまでに定着した銘菓であることは間違いありません。

【立地と歴史が銘菓を生んだ】

そもそも「小城羊羹」の名は、明治三十二年創業の「村岡総本舗」二代目社長、村岡安吉氏が行商用の箱に「小城羊羹」の文字を入れたことが始まりといわれていますが、ここ小城市で羊羹づくりが盛んになり、定着したことには理由があります。

一つは、昔は、京都の丹波地方のように小豆やいんげん豆が作られており、また、名水百選にも選ばれた清水川の本流・祇園川が流れているという立地。

もう一つは、江戸時代、鍋島氏が治めた城下町では茶道の文化が発達しており、お茶請けとして羊羹を受け入れる下地ができあがっていたこと。また、時代を下れば、炭鉱の多い地域にあり、疲れた体に甘いものが重宝されたという歴史です。

この、立地と歴史に培われた背景もあってか、「小城羊羹」を作っている店舗・業者は、29軒もあるのだそうです。

【今でも小城羊羹が愛される理由】

小城羊羹といえば、表面の「シャリ感」が大きな特徴の一つ。これは、煉りあがった羊羹を木箱に移し、一昼夜寝かせる昔ながらの製法を行っているからなのだとか。

「羊羹を一昼夜寝かせることで砂糖が表面で糖化するためです。日をおくとシャリ感も増してきますし、羊羹も呼吸しているというわけです」と話してくれたのは、「村岡総本舗」工場長の永野光教さん。

アルミ箔の袋詰め羊羹が主流の中、当時の製法が受け継がれている小城羊羹。しかも村岡総本舗さんでは、木箱づくりも自社で行うという徹底ぶり。その頑なさは、真っ直ぐな味にも表れていそうです。

小城羊羹の木箱
小城羊羹づくり
小城羊羹づくり

100年来の桜の名所としても有名な小城。天然着色料で赤く染めた紅練りの羊羹には、そんな郷土への想いも映っています。

小城羊羹づくり

一本一本手作業で切り分ける特製切り羊羹と櫻羊羹。熟練の職人技で昔の良さを伝えます。


(取材協力/村岡総本舗)