千鳥饅頭 chidorimanjyu [飯塚市] 千鳥屋本家 原田実樹宜さん

千鳥饅頭は、千鳥屋始まりのお菓子なので、変えないことが使命だと考えています。

幸い、福岡は全国有数の小麦の生産地です。そんな地の利を生かして、これからも、これまで同様基本的には地産地消にこだわり、原点に立ち返った千鳥屋本家の味を守っていきたいと思います。

伝統と新しさの綿密な調和

【カステラから生まれた千鳥饅頭】

風味豊かな香りと、しっとりした餡の食感が懐かしい味わいの千鳥饅頭。寛永七年(1630)創業の「千鳥屋」さんの代表菓で、今では全国的にも知られているこのお菓子は、実はカステラから生まれたことをご存じでしたか?

考案者は、現社長である原田実樹宜さんの祖父にあたる原田政雄さん。「千鳥屋」さんは元々、佐賀市において「松月堂」という名でカステラや丸ボーロ等を専門に作っていたお店で、政雄さんも長崎でカステラづくりの修行をした職人さんでしたが、ある時、カステラの材料を使った生地に、白あんを入れることを思いついたのがきっかけだったそうです。

【千鳥饅頭完成秘話】

もちろん、思いついたからといってすぐに商品化できたわけではありませんでした。研究熱心だった政雄さんは、夜、みんなが寝静まった後、一人で黙々と試作し、そのノートには、びっしりと研究過程が書き込まれていたとか。しかも、当初は蒸し菓子として考えていたようです。

それが、現在のような形になったのは、当時開発されたばかりの電気釜で焼いてみようという好奇心からだったといいます。政雄さんの新しい物好きの性格が功を奏したというわけです。

【選んでいただける味わいへ】

こうしてできた饅頭に、「水鏡せると伝ふる天神のみあしのあとに千鳥群れ飛ぶ」という菅原道真公の故事から名前をつけたのが「千鳥饅頭」。そして、昭和二(1927)年、千鳥饅頭の完成と同時に飯塚に進出し、松月堂の支店として「千鳥屋」を開いたのでした。

飯塚に進出した理由には、当時筑豊炭田で賑わっていたこともあったかと思われますが、実際に政雄さんが佐賀からリアカーを引いて行商を行ったところ、飯塚で商品が飛ぶように売れたからなのだとか。

「思いつきだけではなくて、きちんと研究する姿勢。商品に対してはもちろんのこと、今で言うマーケティングリサーチもしっかりと行う態度は、私たちも見習っていきたい」と語る原田実樹宜さん。実際、現在の「千鳥屋」さんでは、「TEN」という別ブランドを展開し、和の要素を取り入れた洋菓子づくりにも取り組んでいるとか。

変わらないブランドと、今の趣向を取り入れていく姿勢、その両方向から本物の美味しさを目指す「千鳥屋」さんに、今後も注目です。

千鳥屋本家外観
千鳥屋本家店内
原田家

元は武家のご出身という原田家ですが、ポルトガル人からカステラの製法を聞いたのが、そもそものお菓子づくりのきっかけだとか。

千鳥マークのふすまの取っ手

本店2階にある、旧住宅。ふすまの取っ手部分も千鳥マークになっているほどのこだわりよう。


(取材協力/千鳥屋本家)