長崎カステラ nagasaki castella [長崎市] カステラ本家福砂屋 渡部保夫さん

特にこだわっているのは別立てで行う白身の泡立てです。あえて別立法を行うことが、生きた味わいにつながるのですが、温度や湿度を見て、その変化をコントロールしなければいけない。かなりの熟練が要り、難しいですが面白いですね。手間を惜しまず、こだわり抜く作業は、作るというより育てる感覚。自分が焼いたカステラは、その顔を見ればわかるというくらいの愛情を持って取り組んでいます。

洋菓子から和菓子へ変化した定番の銘菓

【ルーツは450年以上も前】

長崎を代表する銘菓としてすっかり全国に定着し、今ではお菓子文化の代表格とも呼べる「長崎カステラ」。

日本にカステラが伝えられたのは16世紀中期のこと。寛永元(1624)年創業の「福砂屋」さんでは、初代が南蛮貿易の港として賑わう長崎の町でポルトガル人からカステラの製法を伝授され、今日に至ります。

【カステラは高級菓子だった】

ただ、当時伝わったカステラは、現在のものよりも堅かったとか。その後、日本人の口に合うように改良され、明治初期に、材料に水飴を加えることで、現在のようなしっとりとした口当たりが生まれたのだそうです。

伝来から今日の味の完成まで試行錯誤が繰り返されたカステラ。材料としても、当時としては手に入りにくい物ばかりで、特に「砂糖」は貿易品の中でも「生糸」や「毛織物」と並ぶほどの重要品目でした。

職人さん達が情熱を傾け、貴重品を贅沢に使ったカステラは、まさに“有難い”高級菓子だったのです。

【変わるもの、変わらないもの】

「福砂屋」さんは、そんな当時のカステラの製法を今も受け継いでいるお店。

その製法は、卵の手割にはじまり、白身と黄身に分け、古来継承の「別立法」により、まずは白身を泡立てます。その後、黄身、ザラメ糖を加え撹拌。さらに上白糖、水飴、小麦粉を順次混合撹拌するという、非常に手間をかけたもの。しかも、「一人一貫主義」の言葉で表されるように、焼き上げまで一人の職人さんが責任を持って仕上げるのだとか。

そのこだわりについて、工場長の渡部保夫さんは「生地づくりは、四季の変化や、その日の温度や湿度に応じて微妙に力加減を変化させております。まさに、手わざだからこそできる職人技の世界です」と語ってくれました。

また、生地づくりの段階で「ザラメ」を入れるのも「福砂屋」さんのカステラづくりの特徴。ザラメ糖の角をすり減らしながら撹拌することで、溶けた分が生地に馴染み、味に深みが出るのだとか。溶かしすぎず、残しすぎず、の微妙な加減も職人技を要しますが、手間を惜しまずこだわり抜く姿勢は、長い歴史の中で、製法や味だけでなく、その想いまで受け継いでいるようにさえ感じます。

和製オーブン

上火、下火が調節できる和製オーブン。昭和34年までは、この「引き釜」で焼かれていました。現在も、「卵供養」の時は引き釜で焼くそうです。

蝙蝠の商標

蝙蝠の商標
蝙蝠は、中国では、桃と並び慶事、幸運の印しとして、大変おめでたいものとされています。
福砂屋では、十二代清太郎(明治初期)より、この蝙蝠の商標を使用しています。


(取材協力/カステラ本家福砂屋)